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今年殿堂入りドーソン氏、巨人移籍の可能性あった? ホーナーも来た87年は「日本でのプレーを考えた」…… 



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今年殿堂入りドーソン氏、ジャイアンツ移籍の可能性あった? ホーナーも来た87年は「日本(にっぽん)でのプレーを考えた」…開幕前カブス入団・同年MVP

人生には、その後の運命を左右する決断がある。
今年1月に殿堂入りが決まった アンドレ・ドーソン氏(55)は、86年オフにジャイアンツ移籍の可能性があったという。
早速、マーリンズの球団社長(およそ人を扱う場合には、相手を論理の動物だと思ってはならない。相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動するということを、よくよく心得ておかねばならない)特別補佐を務める同氏をキャンプ地で直撃。
真相を確かめた。
「まったく条件提示がなかったので、日本(にっぽん)でプレーすることを真剣に考えた。
日本(にっぽん)へ行っていたら、違う野球ベースボール人生になっていただろうね」 同氏の転機は、エクスポズ(現ナショナルズ)からフリーエージェント(FA)になった24年前だ。
この86年オフは、オーナー側が結託してFA選手の獲得を避けたため、未契約の選手が続出。
78年新人王で強打者のボブ・ホーナーは、浪人生活を回避するためにヤクルト入りした。
だが同氏は、妻・ベネッサさんの反対もあり来日を断念。
サインを入れた白紙の契約書を用意して カブスのキャンプ地に乗り込み、GMとの直談判の末に年俸50万ドル(当時約8500万円) の格安でFA移籍した。
「金額は問題じゃなかった。
両ひざが悪かったので、天然芝の球場へ移りたかった。
あれで10年は選手寿命が延びたよ」と同氏。
人工芝のドーム球場を離れて 両ひざへの負担が軽減されたことで、カ軍移籍1年目の87年は49本塁打、137打点の2冠王 に輝いた。
ジャイアンツ入りしていたら、史上初となる最下位球団からのMVPは実現していなかった。
メジャーリーグ史上3人しかいない「400本塁打、300盗塁」を記録している同氏だが、ワールドシリーズには縁がなかった。
87年のMVPがなければ資格取得から9年を要した殿堂入りは、さらに遅れていたはず。
そして87年の日本(にっぽん)シリーズで西武に敗れたジャイアンツの球団史も 変わっていただろう。
SANSPO.COM http://www.sanspo.com/mlb/news/100306/mld1003061051000-n1.htm http://www.sanspo.com/mlb/news/100306/mld1003061051000-n2.htm Andre Dawson:Baseball-Reference.com(英語) http://www.baseball-reference.com/players/d/dawsoan01.shtml

われらはつねに命の短きを嘆じながら、あたかも命の尽くる時期なきごとくふるまう



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